生豆の洗浄について

当ショップでは、焙煎前のコーヒー生豆の水洗いは行っておりません。
生豆は風通しの良い冷暗所で保管し、焙煎の前後にハンドピックをしています。

いわゆるコーヒー生豆の洗浄(水洗い・湯洗い)とは、すでに精製・乾燥してあるコーヒーの生豆を、再洗浄・再乾燥した後に焙煎するというメソッドです。
洗浄する理由は、"生豆から土埃やゴミ・カビとカビ毒・残留農薬等を洗い流すこと"、"洗浄することで生まれる物理面・風味面でクリーンな味のため"とされています。
"生豆を洗浄してから焙煎する方が物理面・風味面においてクリーンなコーヒー豆に焼き上がる"・"生豆は土や埃やゴミ・カビとカビ毒・残留農薬等で汚れている"という文面と、"生豆を洗った後の汚れた薄茶色い水(湯)"を示す写真を、どこかでご覧になったことがあるかもしれません。
コーヒーの生豆を実際に見て触れたことのない方にとっては、「生豆は汚い!」という言葉と色の変わった水の写真だけでも非常にショッキングに感じられるかもしれません。
しかし、そうやってかきたてられたあなたの不安は、"洗浄と再乾燥のひと手間"だけがほんとうに解消してくれるのでしょうか。

〇生豆から洗い落とせるものとは?
コーヒーの生豆を洗浄すると、生豆に含まれる糖等の風味を作る一部の成分が水に溶け出すといわれています。
その結果の風味を、「コーヒー豆の本来の味が薄くなった」あるいは「クリアでクリーンな味になった」のどちらに感じるかは、風味の品質というより好みの問題や選択肢に近くなります。
特にナチュラルプロセスの生豆は豆自体の黄色味が強いものや、豆の周囲に多く残るシルバースキン(白色~薄黄色っぽい薄皮)に覆われている割合が他のプロセスと比べて多いものがあり、水洗いするとそれらの色が水に移って汚れが落ちたように見えるのではないでしょうか。
このシルバースキン(チャフ)は焙煎中に豆から剥がれ落ちていき、通常どのロースタリーでも焙煎中から焙煎後にかけて可能な限り除去します。(焙煎機から吸い出したり吹き飛ばします)

〈ハンドピックしない状態で50℃程度のお湯に浸け、フォークで軽くかき混ぜた状態の生豆とお湯の色〉
ぬるま湯と生豆(ナチュラル)
(イエメンのモカ・マタリNo.9、ナチュラル)

ぬるま湯と生豆(ウォッシュド)
(キューバのTL、ウォッシュド)

ぬるま湯と生豆(右:ナチュラル、左:ウォッシュド)
(お湯に浸けて30分後の生豆とすでに冷たくなった水の色、右:ナチュラル、左:ウォッシュド。ウォッシュドの豆からも徐々に色が出てきたようです。)

生産・販売元での等級分け(欠点豆の混入率のカウント)や品質チェック、焙煎前後のハンドピックなどの過程を経て、生豆から目に見える大きなゴミが段階的に取り除かれていきます。
豆は焙煎中に170度から240度の熱気の中で絶えず撹拌され、焙煎中に剥がれ落ちるチャフは除去され、焙煎後に豆を冷ます過程では網やふるいの上で豆を揺すったりかき混ぜたりする過程があるため、仮にここまで土や埃やゴミが燃え残ったとしてもこの時点でふるい落とされる可能性の方が高いです。
生豆を洗浄することによって得られるのは"物理的にクリーンな生豆"と"水洗い豆特有のクリアでクリーンな風味"と考えられますが、この二点に関しては、ウォッシュドプロセスのコーヒー豆によって、豆本来の風味を残しつつもある程度は満たされるのではないでしょうか。
もちろんカビや虫食いによって大きなダメージを受けた豆や軽いゴミが水に浮いてきますので、より物理的にクリーンな生豆を得られるのは大きな特徴です。(この点はブラックライトでも同じ効果が得られます)

〇コーヒー生豆は農産物なので、輸入時に検疫所によって残留農薬・カビ毒に関する書類審査・場合によっては実物検査がされます。
①コーヒー生豆は農産物・食品ですので、輸入者は輸入申告に先立って輸出国から、輸入しようとするコーヒー生豆に用いられた農薬の種類や残留量が日本の厚生労働省が設定する安全基準を満たすことを示す証明書を入手し、検疫所に届出をしなければなりません。
②届出を受けた検疫所は、輸入者の過去の輸入歴とあわせて生豆の書類審査や実物検査をし、安全と判断された場合にのみ、その他の輸入手続きを経て生豆が日本国内へと輸入されます。
ですので、正規の手続きを経て輸入された生豆はそもそも日本の安全基準を満たすと認められて輸入されているということになります。
それでも時には手違いや不正等で基準値を超える残留農薬や禁止農薬が検出されることもありますので、心配な場合は無農薬が選択肢となります。
ただし、原産国よりいったん別の国で輸入・焙煎されてから日本へ届いた海外ロースターによる輸入焙煎コーヒー豆に関しては、第三国での農薬に関する基準が日本と異なる場合がある点と、焙煎済みのコーヒー豆の輸入の際には農産物にかかる残留農薬の安全基準が設定されていない点に注意が必要ですが、この点は信頼できる海外ロースターと販売者を選択することで解決できます。
カビ毒についても同様で、輸入される生豆は空港に到着した時点で検疫所によって食品として審査・検査され、問題ないと判断されたものが日本国内に流通します。
仮に輸送中にカビが大量発生したとしても、到着した時点で発見されれば廃棄されます。
その後も、輸入した商社や生豆販売業者等が自社でのハンドピックの有無にかかわらず、輸入した生豆の品質を把握するためにある程度は商品を確認していると考えてよいでしょう。
各ロースタリーもまた各自でハンドピックを実施するのが通常です。(それぞれの程度の違いや内実はともかく)

〇カビ発生のリスクが低い産地(=高地での栽培・管理)・製法(=ウォッシュド)・生産方法(=人の手による手摘み・手作業中心の生産)が存在します。
高温多湿の環境では栽培・収穫・乾燥・保管のどの時点においてもカビのリスクが増すため、冷涼で湿度が高すぎない高地で生産管理されたコーヒー豆は、比較的カビのリスクが低いといえます。
生豆が含む水分量が多い状態が長く続くナチュラル製法(コーヒーチェリーをそのまま乾燥後、脱穀)は非常に乾燥した地域では有効ですが、高温多湿の地域ではカビや細菌感染のリスクが増えます。
逆に収穫後に早い段階で外皮からミューシレージまで除去され洗浄されるウォッシュド製法(外皮・果肉を除去した後ミューシレージを発酵分解、洗浄後に乾燥)は、カビのリスクが少ないといえます。
さらに、高地でのコーヒー栽培には大掛かりな機械化が難しい立地も多く、人の手による手摘みでの収穫や生産管理が行われており、「人の手による」点は生産者側にとって品質の高さとしてアピールポイントにもなります。
収穫・生産管理で人の目に見守られ、人の手で扱われる機会が多いほど、カビが発生すれば発見され除去される機会もまた増えるからです。
金属探知機は広く利用されていますが、さらに高性能で高価な機械でなければ、機械による大量収穫・大量乾燥の際にカビの生えた豆だけを検知し除去することは難しい場合があります。
(このため安価な大量生産品のインスタントコーヒーにカビ毒が多く含まれる可能性があるとされます)
収穫時から焙煎前までの、人の目と手によるハンドピックがカビ豆の除去に現状最も効果的とされる理由がこの点です。
ですので、水洗い以前に、そもそもカビのリスクが低いコーヒーの種類を選択肢とすることができます。

〇カフェイン含有量が減るとカビが増えやすくなるといわれています。
生豆からカフェインを取り除く主な方法は、生豆を水と薬品に浸してカフェインを外へ溶かし出すという方法です。
その後、カフェインを除去した残りの水溶液に生豆を再度浸して風味を戻し、再度乾燥させるという工程が行われています。
デカフェ・カフェインレスコーヒーの生豆にはカビが増えやすいと考えられるため、焙煎だけでなく生豆の管理においても信頼できるロースターを選ぶか、生豆の入手からハンドピックと焙煎までを自分の手ですると不安が解消されます。

〇不安をかきたてられるままにせず、まずはカビとカビ毒を知ることが必要です。
(参考-https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/kabi/kabidoqa.html、https://www.fsc.go.jp/e-mailmagazine/sousyuhen.data/07.pdf、https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/kabidoku/kabi_iroiro.html)
カビは空気中を始めあらゆる場所に存在し、人や動物に対する効果は有益なものから有害なものまで様々です。
有益なものでは抗生物質、チーズの青カビや白カビなどが人の生活に役立っています。
カビ毒(マイコトキシン)と呼ばれるものは、カビが作り出す物質のうち人や動物の健康を損なう毒性を持つものの総称で、コーヒー豆に限らず、穀物・カカオ・ナッツ・香辛料・ドライフルーツ・フルーツジュース・ワイン・ビールなど様々な農産物や加工食品から検出されます。
コーヒー生豆に関しては発がん性を持つアフラトキシンB1やオクラトキシンAが挙げられます。
特に熱に強いカビ毒は、醸造(アルコール飲料)や焙煎(コーヒー豆やナッツ)を除く通常の調理加工(洗う・茹でる・炒める・煮るなど)によって劇的に減ったり毒性が下がることはなく、主に食品添加物の殺菌料によって分解されます。
住まいに発生するカビのお掃除に薬品(エタノール・漂白剤・酢酸など)が用いられるのと同様、食品に発生するカビ・カビ毒もまた水やお湯だけで洗い落とすことはできません。
焙煎や醸造でも完全に消滅することはなく、薬品による処理あるいは物理的に排除することが最も効果的です。
カビが残ったまま水に濡らされた生豆が再び乾燥するまでの間、適切な湿度調整と乾燥処理がされなければ、カビ発生のリスクはかえって高まると考えられます。
カビを懸念するがゆえにあえて水洗い生豆を選択するのであれば、"洗浄と再乾燥"の一点ではなく、水洗い前の生豆の管理・乾燥方法・乾燥後の生豆の管理のすべてにおいて信頼できるロースターを選ばなければ本末転倒です。

〇カビ毒が健康に影響すると考えられる一日の摂取量の目安はどれくらいでしょうか。
2014年の食品安全委員会による評価では、アフラトキシンAについて発がん性以外の毒性で一日耐容摂取量を体重1kgあたり一日16ng、発がん性の毒性で一日耐容摂取量を体重1kgあたり一日15ngと設定されたうえで、
“現状においては、オクラトキシンAの暴露量は高リスク消費者においても今回設定した耐容一日摂取量を下回っていると推定されることから、食品からのオクラトキシンAの摂取が一般的な日本人の健康に悪影響を及ぼす可能性は低いものと考えられた。”
(http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya200903190ks)
とされています。
適量の焙煎コーヒー豆を挽いて抽出した液体を適度な分量と頻度で摂取する程度であれば、洗浄しない生豆に含まれるとされるカビ毒でこれらの耐容一日摂取量を上回る可能性は低いと考えることができます。
カビ毒だけが健康を害するわけではありませんので、コーヒーに糖分・脂肪分・アルコールを加える場合にもそれぞれの健康への影響を考えながら、適度な量や頻度で楽しむことが一番大切です。

〇最終的には、不安であればこそ、生豆の実物を手に取ることが最も効果的ではないでしょうか。
コーヒー豆は一般的にフィルターを通して淹れることが多く、豆そのままを大量に食べることは通常されません。
洗浄しない状態でも通常の消費量で健康を損なう著しい影響があるという注意喚起は現状されていませんが、体に悪いものは極力避けたいのは誰もが願うところです。
とはいえ結局のところ、生豆専門商社やロースタリーの生豆の品質やハンドピックにもまた人力の限界があり、焙煎後に目立たなくなる欠点豆も存在します。
洗浄されていない一般の生豆を複数の場所から実際に入手して比べ、実物を手に取って汚れやゴミやカビを探し、ハンドピックをし、情報収集をして自宅のフライパンで少量焙煎することや、水洗いの有無による風味の違いを比べることで、"水洗いを推奨するロースターが提唱する不安"ではなく、"あなた自身の不安"が解消されるかどうかを確かめてから選択することが、最もあなたにとって安心であり有益です。
焙煎に関してどのメソッドを採用するかがロースタリーの自由であることと同等に、どのロースタリーを選ぶかは買い手であるお客様の自由なのですから。

※このページは好奇心を満たすための参考用としての記事です。どこで誰が書いたことでも鵜呑みにせず、情報収集と実物に基づいてご自身で判断されることが安心への近道です。
※ここまでお読みくださった方はお疲れ様でした。参考になりましたでしょうか。誤りがあればご一報ください。ありがとうございました。